帰りも長崎駅から「かもめ」に乗車 車内でJR九州限定のみかんと、かぼすのジュースを飲みました。
これも、この旅のお勧めアイテムです☆

長崎の方言で歩く事を「さるく」と言う
ので、街には「長崎さるく」の幟が
たくさんありました。
 そこで、今日は「長崎さるく」して
楽しむ事にします。
 左は「長崎さるく」の
イメージキャラクターです。
 まず、長崎駅から歩いて10分の西坂を
登り日本二十六聖人のレリーフを見に
行きます。近くにある右→の
カトリック教会もガウディー風で
素敵☆不思議な感じです。

  孔子廟を後に今度はオランダ坂をさるくします。
居留地時代、長崎の人は西洋人の事を
「オランダさん」と呼んでいた事から
そのオランダさんが通る坂道をオランダ坂と
呼ぶようになったのだそうです。

 開国と同時に多くの外国人が移り住んだ
東山手洋館住宅群に行きます。
 各洋館の中には居留当時の数々の写真が
展示してありました。
 その中にロシア最期の皇帝ニコライ2世が
皇太子だった1891年(明治24年)長崎を訪問した記録が
ありました。
 以前BSジャパンの番組でこの皇帝の番組を見たの
ですが彼の残した日記には、長崎の芸者と大いに遊び
この港町での楽しかった思い出が綴られて
いました。また、日本の職人技に感銘した彼は
たくさんの工芸品を買っていました。
 その中でも長崎の鼈甲細工の見事さに感動しています。
また、日本に魅さられた皇太子は
「日本人は男も女も親切で愛嬌がある。市場で群衆を
見ているとみんなお喋りしみんな微笑んでいる。」
と好印象を綴っています。その後、彼は日本滞在中に
「大津事件」の不幸に遭遇。日露戦争、第一次世界大戦
そしてロシア革命と運命に翻弄されます。その後、幽閉
シベリアで処刑されてしまう悲劇を考えると
この長崎での数日は大変幸せな
貴重な時間だったのだと思いました。

眼鏡橋の近くにも恋愛成就のハートストーンがありました。
川を渡って幸せになれるようタッチします。

長崎の茂木という所で生産されている枇杷は名産品
今度は枇杷のソフトクリームを頂きます〜☆
 茂木ビワ・ソフトクリームを食べた後は更に
「さるく」を続けます。→
 

 孔子廟・中国歴史博物館に到着↓
明治26年(1893年)に清朝政府と長崎の華僑によって
建造されたものです。中国人が海外に建てた唯一の聖廟です。
「72人の賢者像」に出迎えられて廟の奥に進むと
北京故宮博物館の歴史美術品の展示を見る事が出来ます。
ミュージアムショップには中国の京劇に使うお面など
珍しい買い物をする事もできます。 

長崎歴史博物館のもう一つの玄関は2階にあります。
と言ってもこれは、長崎奉行所立山役所跡を忠実に復元した
お奉行所なのです。(平成17年11月にオープン)
奉行所の中に入ると日本建築ならではの木香り、畳の香り
そして開放感☆☆☆本当に素晴らしいです。
心のふるさとに戻ってきたような不思議な心地よさがあります。
 そしてこの博物館の見所は何と言っても
お白洲でのお裁きが寸劇で再現される事です。
 お奉行様も本格的に登場してこの日は長崎の凧揚げである
「はたあげ」に夢中になってのケンカ騒動のお裁きが演じられました。
ギャラリーの私たちにもセリフがあったり、お芝居後はお奉行様との
記念撮影をしたり・・本当に楽しい一時を過ごす事ができました。
 これはお勧めのスポットです☆

オランダ坂を下り、長崎の景色に
「さよなら」します。
 長崎は和・唐・洋が混在する
不思議な魅力ある街でした。
 色々な文化を受け入れた長崎の人々
日本初の物がいっぱいあって勉強になりました。
 今度は美しいランタンフェステバルの時期に、
長崎での「坂本竜馬」の足跡をたどってみたい☆
長崎って素敵な街でした。

たくさんの猫にも会えて良かった・・・☆

以前、日曜美術館で、このレリーフを造った彫刻家「船越保武」の特集を見てとても感動した事を
思い出します。船越氏は戦後の日本彫刻を牽引した一人で、父親がカトリック信者であり
自らも生まれて間もない長男の急死をきっかけに洗礼を授け、その後キリシタンの受難を題材と
した作品の制作が増え、この作品は1962年に制作され高村光太郎賞を受賞しています。
          大きな作品を前に船越氏の真摯な渾身に感動です☆ 

ランチの後は「大浦天主堂」に行きました。晴天のこの日
天主堂の姿は空に向かって凛として見えました。

こちらは長崎名物「トルコライス」です
何時から登場し誰が考案したのかは不明だそうですが
トンカツとピラフ、ナポリタンの3種が一体となって
います。結構なボリュウムですよ。

 「さるく」している間に、もうお昼です。
眼鏡橋からは電車を利用して
大浦天主堂下で下車
全日空ホテルグラバーヒルにて
長崎ならではのランチを頂きます。
 このホテルの場所には文久3年
に建った長崎初の大型西洋様式ホテル
「ベル・ビュー」があったそうです。

そしてボーリングの日本発祥もここ長崎の地からなのです。ホテルのレストランからも
右上のボーリングの碑が見えます。

こちらは「カレー」カレーの日本上陸も
長崎からだそうです。

 眼鏡橋周辺は紫陽花が美しく
咲いていました。
 ここで名物のチリンチリンアイスを
食べました。アイスをヘラで
バラの花びらのように作って
くれます。あっさりした味ですよ☆

 歴史博物館を後にして更に「さるく」して
眼鏡橋に向かいました。
 眼鏡橋は石橋とそれが川面に映った様子が
眼鏡に見える事からこの名前が付いたそうです。
橋は寛永11年1634年日本初の唐寺・興福寺
2代目住職が架設、国の重要文化財に指定
されています。

 4月18日〜6月15日まで大鉄道展が開催されていて鉄道ファンの夫と
展示室を見学。日本の鉄道の歴史は、ここ長崎から始まっています。スコットランドから
来日したトーマスグラバーは1865年(慶応元年)に大浦海岸において日本で初めて蒸気機関車
(アイアン・デューク号)を走らせています。これはデモンストレーション走向で、
やがて1872年(明治元年)に日本発の旅客営業が
東京新橋〜横浜間で開始される事となるのでした。
 鉄道の歴史から、日本の歴史も学ぶ事が出来てとても有意義でした。
展示は懐かしい列車の運転手や乗客になって写真撮影も楽しめるようになっていて
親子連れや孫に楽しそうに鉄道の歴史を語るおじいちゃんの姿も見られました。

5月31日(日)長崎さるく

この芝居・市民ボランティアの皆さんによる楽しい劇で、最後には出演者総出で
踊りのフィナーレでした。

長崎歴史文化博物館に到着です。この博物館には2つの玄関があります。
まず大鉄道展が開催されているこちらの一階のエントランスから入ります。

西坂から歴史文化博物館のある立山まで
「さるく」します。坂の街、長崎はよく階段が
あります。歩けば、そこには幕末の歴史が・・・
途中、勝海舟が4年間滞在していた
本蓮寺にも立ち寄りました。
本蓮寺が建つ以前この場所には
天正19年(1591)に入港したポルトガル船長
ベレイラの寄附によって建てられたハンセン病
のためのサン・ラザロ病院があり、
この病院の傍らには病院附属の
サン・ジョアン・バウチスタ教会があったのだそうです。

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