
宮古島の最終日のシーサー作り



旅の最終日になって天気は
益々良くなって海の色も綺麗です。
そんな五勇士は、今もなお郷土の英雄で
→「サバニ」という舟を象徴とした
こんなモニュメントが勇士を讃えて
あったのだそうです。
シーサーは焼き上げて1ヶ月後に我が家に送ってくれます。
これが作品よ〜☆シーサーさんハッピーをたくさん運んできて下さいな〜☆
私がシーサーを作っている間・夫は久松五勇士の記念碑を見に島の西方へ行きました。
シーズンでない為か体験者はこの日、私一人です。
優しい女性の先生に作り方の極意を伝授して頂き
約3時間集中してシーサーを作りました。




今日は宮古焼きのシーサーを作るのでホテルにあるシーサーを見て研究です・・・。


ホテルの庭で南国の植物を見ながら
早朝の散歩をします。

こちらはホテルに飾ってあった宮古焼きの絵皿と
お部屋にあった→カップです。
みやこ焼シーサー作り体験のお店に
予約して、いよいよシーサーを作ります。
昨夜、ホテルで宮古島ならではのお土産を探してしたところ
店の人に「久松五勇士」なるお菓子を薦められ
この「五勇士」について調べてみると1905年日露戦争の時
帆船乗りの青年がロシア海軍・バルチック艦隊に
宮古島付近で遭遇。
しかし、宮古島には当時通信施設がなかった為、石垣島まで
この情報を知らせる為五人の漁師を選抜
五人は15時間170qの距離をサバニという漁に使う
簡素な舟を必死で漕ぎ石垣島の東海岸に着いてからも
さらに山道を30q歩いて八重山郵便局に飛び込みました。
この情報は電信で那覇から沖縄県庁へ
そして東京の大本営へ伝えられたのでした。


